はじめに
 従来、胃の中は胃酸(強酸性 : PH1〜2)などもあり微生物が存在するにはあまりにも過酷であり無菌と考えられていました。ところが1983年にヒトの胃粘膜からはじめてこの菌(H.pylori : ヘリコバクタ−・ピロリ)が分離されました。

ヘリコバクタ−・ピロリとは
 ピロリ菌はらせん状のグラム陰性桿菌(左図のような形の菌)であり、一方の極から4〜8本の鞭毛(極多毛)を持ちます。胃の中に入ると、この鞭毛を活発に動かして速やかに胃酸の影響を受けない胃の粘液の下に潜り込み、粘液下の pH 6〜7 の部位に生息する極限生物である。また、ウレアーゼという酵素を産生し胃内の尿素を分解することによりアンモニア(アルカリ性)を産生し酸性の強い胃液を中和し菌体を護っています。

 * ウレア−ゼ:尿素をアンモニア(NH3)と
       二酸化炭素(CO2)に加水分解する酵素

ヘリコバクタ−・ピロリと胃炎、胃・十二指腸潰瘍との関係
ピロリ菌の検出率
区別 検出率
胃に異常がない 10%未満
胃炎 50〜70%
胃潰瘍 75〜90%
十二指腸潰瘍 80〜90%
胃ガン 60〜80%
 胃炎、胃・十二指腸潰瘍の患者からピロリ菌が有意に高率に検出(左表参照)されていることから、ピロリ菌と潰瘍の関連性が考えられています。現在、ピロリ菌が潰瘍を引き起こすメカニズムは十分には解明されていませんが、分解産物であるアンモニア、炎症に起因して生産される活性酸素、細胞障害性の毒素であるモノクロラミン、サイトトキシン、サイトカイン、などが胃粘膜障害に関与すると考えられます。また、カタラ−ゼ、オキシダ−ゼ、プロテア−ゼという酵素を分泌し、粘液を変化して不活させ、その結果粘膜の障害をきたすと考えられています。このように胃炎、胃・十二指腸潰瘍など上部消化器疾患に関わることが報告されています。ピロリ菌がいる胃には、組織学的には胃炎が必ずといってよい程、起こっているとされています。しかしピロリ菌に感染している人でも実際に潰瘍になる頻度はかなり低く、最も胃潰瘍になりやすい60歳前後の男性でも、約 2%程度と報告されています。これはピロリ菌に感染しても無症状で過ごしている人の多いことを示しています。胃炎の起こり方は、ピロリ菌の運動性、ウレア−ゼ活性、接着性、毒素などを含む種々の因子によって異なります。

ピロリ菌と胃ガンとの関係
 胃がんとの関連も示唆されており、ピロリ菌が持続感染した胃粘膜は、慢性萎縮性胃炎に移行することが確認されています。慢性萎縮性胃炎から胃ガンに進行する機序は分かっていませんが、ピロリ菌は胃ガンに進行する可能性の高い「慢性萎縮性胃炎」と関係があることが指摘されており、ピロリ菌感染者は感染していないヒトに比べ2〜6 倍も胃ガンになりやすいとの報告があります。

ピロリ菌の感染経路
 ピロリ菌の感染経路は詳しくは分かっていませんが、胃から発見されることから経口感染が大部分であろうと推測されます。また、上下水道の普及していなかった世代に多いことから、水系感染が考えられます。胃酸の力の弱い幼児期に感染すると考えられ、成人になってからは強い胃潰瘍の治療薬(胃酸分泌抑制剤)を飲んでいる人意外は感染の危険は極めて少ないといわれています。

ヘリコバクタ−・ピロリの感染率
 日本で衛生環境が整備されてきたのは戦後なので、それに付随し年代による感染率の差があり、20歳代で約30% 、40歳代以上では急に上昇し、70〜80%の人がピロリ菌に感染しています。このように、40歳代を境にそれより高齢者の方が、高い割合で感染している特徴があります。
日本でピロリ菌に感染している人は、約6,000万人と推定されます。ピロリ菌感染の予防はよく分かっていませんが、衛生環境が整った現代ではピロリ菌の感染率は著しく低下しており、今後は全体の感染率も減っていくものと考えられます。

ヘリコバクタ−・ピロリの検査法
◇内視鏡検査が必要なもの
@培養法 胃粘膜の一部を少量つまみとり培養し、ピロリ菌が増殖するかを検査。薬剤感受性検査が可能。
A組織検査 胃粘膜の一部を少量つまみとり顕微鏡でピロリ菌の有無を観察。胃粘膜の状態を同時判定できる。
Bウレア−ゼ試験 ピロリ菌が尿素からアンモニアを産生する特性(ウレア−ゼ活性)を利用。アンモニアをを調べてピロリ菌がいるかどうかを検査。ウレア−ゼ活性のある他の菌が存在すると偽陽性になる。
CPCR法 ピロリ菌の遺伝子を調べる。死菌の遺伝子を拾うこともある。
Dフェノ−ルレッド法 内視鏡で色素を散布、菌の分布状態がわかる。十二指腸液の逆流など pHの変動で誤反応も起こる。
@〜Cは胃粘膜の一部を少量つまみとり検査を行います。
◇内視鏡検査のいらないもの
@尿素呼気試験 尿素の分子にマークをつけた尿素(錠剤)を飲み、呼気中のピロリ菌が分解してできるマークがついた二酸化炭素の量を測定する。非侵襲的で、胃全体の菌を反映する。
A抗体測定 血液や尿を調べてピロリ菌に対する抗体の有無を調べる。除菌が成功しても、IgG 抗体抗体価はしばらく下がらない。
日本では2000年11月1日から感染判定検査及び除菌が健康保険適用となりました。対象となる方は胃潰瘍・十二指腸潰瘍を繰り返し再発し、内視鏡や造影検査で胃潰瘍・十二指腸潰瘍と確定診断がなされた方で、ピロリ菌の感染が疑われた方となっています。当院での実際の流れとしては上記の条件に当てはまる方で内視鏡を行いウレア−ゼ試験で、感染判定検査を行います。この検査で陽性であれば、すぐに除菌治療することになります。潰瘍治療薬のうち一部はピロリ菌に対して静菌作用の可能性がある(偽陰性と出る可能性のある)ので、内服している方は感染判定検査を行う場合は4週間以上中止することが必要となっています。
【ウレア−ゼ試験】
写真1 写真2
 胃粘膜の一部を少量つまみとり、写真1の検査キッドを用い検査を行います。ピロリ菌が存在すると写真2のように検査キッドが青く変色し陽性と判定できます。
【尿素呼気試験】
写真3 写真4
 写真3の赤い袋に入った薬を内服する前後での呼気を隣の呼気回収パックに採取し、写真4の機械で呼気中の二酸化炭素を分析することでピロリ菌の有無を確認します。

ヘリコバクタ−・ピロリの治療法(除菌)
 ピロリ菌に感染している全ての人が除菌療法を受けなければならないわけではありません。除菌の対象となる人は、胃・十二指腸潰瘍の患者さんでピロリ菌に感染している人です。つまりピロリ菌がいることを確認してから治療を行うことになります。これまでの消化性潰瘍治療は、主として胃酸の分泌を押え、胃の防御因子を増強することにより症状を抑えようとしていました。ピロリ菌が原因となる場合、これでは一時的に潰瘍は改善されますが、菌がいる限り炎症は続いているので潰瘍は再発します。そのため、消化性潰瘍の治療に除菌は有効であり、除菌することで70%程度の人の潰瘍の再発が予防できると考えられています(全く再発しなくなるわけではありません)。ただ、抗生物質では、量が多いと副作用を発生し、量が少なすぎると効果はありません。また、不適切な抗生物質投与は、除菌に失敗するだけでなく、その薬が効きにくくなる耐性菌の出現を招くので十分注意が必要となります。
除菌方法と注意点
除菌のスケジュール(当院の例)


* 最後の内視鏡検査で潰瘍が治っているか、
 ピロリ菌が除菌されているかを見ます。
 ピロリ菌の除菌には2種類の抗生物質と胃酸分泌抑制剤の合計3剤を1日2回朝夕、7日間服用します。その後、潰瘍の治療の薬を8週間内服します。確実にピロリ菌を除菌するために指示されたお薬は必ず内服するようにしてください。正しく内服することにより90%前後の確率で除菌が期待できます。除菌に失敗した場合は、主治医と相談しその指示に従ってください。
除菌中は原則としてアルコールとタバコは禁止となります。

除菌療法の主な副作用
 主な副作用として以下のことが報告されています。
@ 軟便、下痢
便がゆるくなったり、下痢を起こしたりすることがあります。
A 味覚異常
食べ物の味をおかしいと感じたり苦味や金属のような味を感じたりすることがあります。
B AST(GOT)の変動、ALT(GPT)の変動
肝臓の機能を表す検査値が、変動することがあります。
特に症状が強くなければ、最後まで継続して内服してください。症状が強い場合は自己判断で中止せずに外来受診し医師にご相談ください。

ピロリ菌の除菌判定
 除菌後、8週間潰瘍治療薬(ピロリ菌の除菌判定に影響を及ぼさない薬)を内服し、尿素呼気試験で除菌判定となります。除菌判定と同時に潰瘍の治癒過程を内視鏡で見ることもあります。また、前記したように潰瘍治療薬のうち一部はピロリ菌に対して静菌作用があるので、その薬を潰瘍治療に使用した場合は除菌判定検査を行う場合は中止してから4週間以上あけることになります。
費用は、その他の診療内容により多少前後はしますが、ピロリ菌の感染判定試験・除菌・除菌判定検査だけで健康保険による3割負担でおおよそ1万円弱。除菌前後の内視鏡検査を含めると、1万5000円〜2万円程度です。
 除菌治療後、除菌が失敗した人に比べ5〜10%に食道や胃・十二指腸の炎症が起こるといわれます。これらはいずれも一時的なことが多く心配はありませんが、症状を取るために内服が必要となる場合があります。また、バレット食道といわれる変化がみられるようになり、その結果、食道に腺癌が発生する可能性が高くなると考える人もいます。